2003年あびこ市民ミュージカル
原作審査の結果
2002年5月31日の原作募集締切りまでに、25作品の応募がありました。
6月16日、メルヘン作家で漫画家のやなせたかし先生を審査アドバイザーに迎え、原作の審査会が行われました。
●我孫子市教育委員会で行われた、原作審査会。
資料:■原作の応募要項へ
●審査会の委員長を務める、渡辺助役のあいさつ。 ●アドバイザーの、やなせたかし先生。
選定作品:「北へ帰るのを忘れた白鳥」(原文) 下藤明男さん作(市内湖北台在住)
 「早く北へ行かないと遅れるよ―」と言う声がした。
白鳥の親子は空を見上げた。暖かい春の一日。風も優しく、残っていた鴨の仲間も、沼に別れを告げた。
冬の間、手賀の水辺に、あんなに遊んでいた鳥達は、ここにいる白鳥のミーの家族を残して、旅立って行った。
 ミーの家族は、お父さんのゼフィラーと、お母さんのマーシュ、姉のナーシャ、そして弟のシャスターの5人家族。
 「お母さん、早く行かないと遅れるよ―」とミーが言った。
「お母さん!この間、鴨のおじさんに聞いたの。北の国ってどんな国って?」
そしたら、鴨のおじさんは「北の国へは、町を越え、村を越え、高い高い山を越え、広い広い海を越えて行くんだ。山々の真っ白な雪、どこまでも青く澄んだ、広い広い海を眺めながら―」と話してくれたの!
 「お母さん!。どうして私たちは行かないの?」ミーは心配そうに聞いた。
 「ミー達は、去年の春、生まれたので、まだ聞いてなかったのね。
 それじゃねー、ナーシャも、ミーも、シャスターも、皆んないるので、どうして北の国へ行かないのか、お話しましょう。
 皆んな―いらっしゃーい。大事な話なのよ、お利巧さんして聞いててね」子供達をお父さんとの間に集め、お母さんは話し始めた。
 「今から、なーん年も、なーん年も前の話。母さんは、仲間と一緒に北の国から、遥かに遥かに遠い、南の国へ向かって、旅をしていた。あちこちの、沼や川で休みながらの旅。母さんには、初めての旅だったのよ。
 ここより、遥か北の町で休んだ時のこと、疲れていたので、皆んな大喜び。私も若かったので、広い沼をお友達と遊び回っていた。この時、母さんの運命が、変わってしまったのよ」お母さんは、うつむきながら話している。
 「あ!痛い。羽が痛いよ―!痛いよ―!母さんが叫んだので、皆んなが、びっくりして飛んできた。
 ああー!ひどい!釣り糸が、絡みついている!。母さんの羽に、絡みついた釣り糸を、皆んなは、何時間も何時間もかけて、一生懸命に取ろうとした。
 釣り糸を噛み切ろうと、口が血に染まっていた仲間、涙を流して、母さんを励ましてくれた仲間、みんな優しかった。みんな言ってた。
マーシュが飛べなくなっちゃう!って」お母さんは涙を浮かべている。
 「どうしても、どうしても、釣り糸は取れなかった。母さんの右の羽は、今までのように、大きくは開かない。母さん、泣いたの。皆んなも、母さんを囲んで涙が枯れるまで泣いていた。
 夜が明けて、旅立つ朝になった。皆んなで話し合った。一日遅れで出発しようと。母さんも、釣り糸に絡みつかれながら、何回も何回も飛んだり、降りたりしてみた。でも、皆んなのように、真っすぐ飛ぶには、大変疲れるし、糸が羽に絡んで、とっても痛かった。
 群れには掟というものがあって、飛べなくなった仲間は、残して行かなければならないのよ。母さんは怖かったので黙っていた」
ここからが手賀沼に住むようになったお話、しっかり聞いててね、とお母さんは言った。
 「旅立ちの朝は空が青く澄んで、南へ風が優しく吹いている。母さんは、皆んなに囲まれるように、飛び立ったの。マーシュ!大丈夫かいって、皆んなが声をかけてくれてる。
そうして、南へ、どんどん向かった。
 村を越え、町を越え、一生懸命飛んだけれど、元気な羽の方も疲れて、だんだん仲間から離れてしまう。仲間が、何回も何回も飛んで来て、励ましてくれた。でも、ますます離れていってしまったのよ。
 母さんは決心したの。これ以上仲間に迷惑かけたら、仲間全部がだめになってしまうから。
 そしてリーダーに言ったのよ。私のこと、かまわないで行って。リーダーはありったけの優しさで、皆んなで南の国へ行こうよ、と言ってくれた。どこかの沼で休めばいいんだから―と。でも母さんの決心は変わらなかった。
 そのうち、ずーと空の下に、町と細長い沼が見えてきた。今思えば、それが手賀沼だった。そう―!おまえたちの故郷なの」
 「私、ここで休んで行くから、先に行ってて、と言ったら、リーダーはびっくりして、悲しそうにうなずいた。皆んなは、沼の上を何回も回りながら、母さんが沼に降りるのを見届けてから、力なく飛んで行った。母さんは、皆んなが見えなくなっても、ずーと、涙で曇った遠い空を見つめていた」とお母さんは、涙ながらに話している。
 「沼には鴨達がいっぱい。でも、仲間の白鳥は、だーれもいない。話をする仲間もいないし、毎日毎日寂しく水に浮かんでいたの。犬が来たり、烏(からす)が来たりで、とっても怖かった。
 2月になると、氷が沼の大部分を覆った。薄い氷の上は割れて怖いの。母さんは、お腹をすかして、岸の方を力なく眺めていた。そうしたら、突然、人が舟で、お母さんの方へやって来る。母さんは、あわてて逃げて、こわごわ遠くから眺めていた。人をこんな近くで見たのは初めてだったから。
 後で判かったことなんだけれど、岸の近くの草を食べられるように、舟で氷を割ってくれてたの。ああ!よかった。こんな優しい人がいるなんて!」母さんは岸辺の方を見ながら話を続けている。
 「だんだんと、沼に来る人達が怖くない、と思うようになって、母さんも、岸辺に近づく勇気が出てきた。岸辺には何人も人がいて、緑の草や、食べたことない物をさしだしてくれた。こうして、どうにか冬を越せたの」  「一日一日と、沼の水が温るんで、北へ帰る鴨達も多くなって、沼は急に寂しくなっていく。
 ある穏やかな春の日、空の方で声がした。
"北へ行かないの―!"って。母さんは、懐かしい声だったので、空を見上げた。そうしたら白鳥の群れが見えた。母さんはじっと見つめていた」ね―皆んな!これからが、お父さんとの出会いよ。
「ああ!、一羽の白鳥が、母さんに向かって降りて来る。母さんは、本当にびっくりしちゃった。近づいてくると若い白鳥だった」
 「若い白鳥は"皆んなと北へ行こうよ"と、一生懸命誘ってくれた。"こんな所に一年中いられないよ―。北の国は、水も空も澄んでいて、仲間がいっぱい。食べる物もいっぱいあるから、子供も育てやすいんだ。それに、怖い人もいない。ねー!早く行こうよ"と言うの」
 「母さんも、北の故郷へ行きたかった。でも、母さんの羽では、遠くの、遥か遠くの北の国へは無理なの。それに、優しい人達がいるから、ここにいると言ったの。若い白鳥は空を見上げて、悲しい顔をしていた。母さんはね、去年の夏、沼で過せたから、自信がついてたのよ。だから、前から決めていた。ここで、ずっと暮らそうって」
 「母さんと若い白鳥は、黙ってうつむいていた。時間がどのくらいたったんでしょう。
突然、若い白鳥は言った。僕もここにいるって。一羽、寂しく残して行くには、とても耐えられなかったそうよ。後で、ぼそっと言ったんだけれど、なによりも、母さんを好きになってしまったんだって。そして、その白鳥が、ゼフィラーという名だったことも、その時知った。それが皆んなのお父さん!」
お母さんは、本当にうれしそうだけれど、お父さんは、気恥ずかしそうに遠くを見ている。
「母さんに絡んでいた釣り糸も、父さんがやっとのことで取ってくれた。すっかり元気になって、北の国に行こうと思えば、何時でも行けるようになったのよ」お母さんは、大きな白い羽を広げている。
「次はゼフィラー、お父さんの出番よ」お母さんは言った。
 「私も、北の大地の澄んだ湖に、母さんと子供達を連れて戻りたいな―、と思ったことが何回もあった。母さんや、お前たちの、真っ白な羽が汚れているのを見ると、何時もそう思う。でも、ここはお前達の故郷なんだ。傷ついた母さんを、休ませてくれたくれたのも、この沼だし、母さんと父さんを結びつけたのも、この沼なんだ。
 そしてなによりも、ここの人達は優しい。
何時も、私たち家族を、温かく見守ってくれる。"北へ帰るのを忘れた白鳥"と悪く言う鳥はいるけど、母さんと父さんは、ここで、ずっと暮らすことに決めたんだ。お前たちはどう思う?」お父さんは子供達に聞いた。
 「ぜんぜん知らなかった。ミーは、透き通る北の湖で真っ白な姿で、すてきな恋をしたかったの!。でもわかった、私たちの思い出いっぱいの、本当の故郷のことが」とミーは言った。
 「ナーシャーも、ミーも、シャスターも、わかってくれて、本当にうれしい。ああよかった。 さあー、いつもの歌を歌ってから、遊んでいらっしゃーい」

 優しき水面に 光あふれ
 湖畔の花は 四季かざる
 心は和み 声は優しい
 ああー手賀沼 まほろばの里

 手賀のさざなみ 手賀のなぎ
 時には荒れて 白き波
 手賀は活きてる 未来に生きる
 ああー手賀沼 太ききずな
                                                             完
●北へ帰るのを忘れた白鳥について   
   この話を書くきっかけは、5年ほど前、手賀沼を散歩している時のことです。真冬の寒い日が続いて、沼が氷に覆われた時がありました。母と散歩をしていましたが、白鳥親子(こぶ白鳥)が沼の真ん中の方で、岸を眺めている。岸では草や野菜を持った人たちが白鳥を見つめている。白鳥の名前を呼んでいる人もいます。
 どうしたんだろうと、近づいたら、氷で白鳥が岸の方へ来れないという。お腹を空かしているのに、餌が食べられないと、皆なは心配している。そうしたら、1隻の雑魚舟が沼の真中の方からやってきた。途中で、モーターからオールに変えて静かに氷に近づき、オールで氷を割り始めた。見ていた人は、手をたたいて喜んでいる。白鳥も遠くで眺めていたが、舟が帰ると、割れた氷の中を泳いで岸に近づていく。白鳥の親子は本当にうれしそう。そして岸辺の人達も、「よかったなあー」という、安堵した幸せに溢れていた。
 こぶ白鳥は、野生化しているが野鳥でない、ということで、手賀沼の野鳥の案内の中には、入っておりません。
書いた当初は、この内容でいいのかと迷って、数年埋もれていました。
ところが今年、本埜村の白鳥を、妻や子供と何回も見に行ったら、もう一度考えてみようと思ってしまいました。白鳥と村の人達の交流、そして白鳥を見に来る人が多いこと。見ている人は皆、童心に帰って幸せそうです。
手賀沼と本埜村は、空から見れば目と鼻の先、ひとっ飛びです。この白鳥の親子が、幸せそうに暮らしているのを空から見て、そして、手賀沼が昔のように澄んだ沼になりつつあるのを見て、この手賀沼にも、いずれ大白鳥や小白鳥も舞い降りてくるでしょう。
沼を愛する人達と、すっかり友達になった白鳥の親子、この白鳥がいない手賀沼なんて考えられない、と思っている人はいっぱいいます。
この親子に対して、お礼と感謝を込めて、そして手賀沼の汚染や、身勝手にレジャーに興じる私たちに対しての、反省をこめて、物語にしました。文学的には、人前に出せるようなものでありませんが、物語を通じて、自然の大切さ、白鳥の家族愛の強さなど、振りかえってみる機会にもなればと、思っております。

              平成14年5月11日        下藤明男

注:この原作をもとに、制作委員会で音楽ナンバー、ダンスナンバーを入れた、ミュージカル構成台本を作成していきます。
●原作は、台本制作過程で一部変更されることがあります。

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